日本のパーソナルコンピューターの低目時期を支えたSHARPのMZーX1、X68000シリーズ
とはどんなコンピューターだったののかを以前記事にしました。
今回は富士通パソコンについて記事にしようと思います。
1935年の設立当初から電話局で電話交換機としてしようされていた電話システム機を輸入、製造している会社であった。。
1954年に電話交換機で使用しているリレーと呼ばれる電話かいろの☎️📞ON/OFFを使用する部品を使って日本初のああ型リレーコンピューターファコム100を完成させる。
1975年にはアメリカのアムダール社と共同開発したアムダール470Vというのが価格と性能が認められてNASAに導入される。
そこで世界的に富士通の大型コンピューターが世に知られるようになった。
この富士通が個人向けのパソコン💻を発馬視したのがFMー8というのを1981年に発表する。
大型コンピューターで使用されているデバシス。フロッピー💾、バブルメモリーなど利用が可能であったがデバイス自体が高価だという理由でほとんどの人が専用カセットテープを利用しプログラムを読み書きしていた。。
その後に・・・。
FMー11はFM−8の半分の価格で販売されって当時のCMもタモリさんが出演することで大きな話題になり大HIT!!
パーソナルコンピューターの御三家にまで押し上げられた。。
※バブルメモリー🫧とは
1967年に発表した磁気バブルを利用した固体メモリーで情報不揮発電機的書き換え高速アクセスなどの特徴を兼ね備えた素子である。
(POS端末の価格ファイルメモリーとして不揮発性を生かし活用)
FM-7が安くなったというが・・・当時の値段で12万6千円した・・・。💸高っ❣️
🖥️大型コンピューターとしては日本屈指のメーカーになった富士通であるが
次第に富士通が最後に出したコンピューターががFMタウンズで当時のマルチメディアという言葉を先取りしたパソコンでしたが・・・
1997年を最後に現在のWindowsパソコンの販売を始めたことで富士通の独自のパソコン開発に終焉をむかえることとなる。
世界のIBMと大型コンピューターで競っていた富士通が50〜60代の年齢層の人の憧れであったのだ・・・・。
コンピューターの礎を築いたという歴史は今でも残っているのだ・・・。