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先義後利   かつての商人からのヒント 続2

こんにちは😊

 商売の神様『福助人形』をご存知ですか?

 福の神で顔が大きく、おまけに耳たぶが大きい丁髷スタイルの福耳の男性が着物を着て正座をする人形である。

 江戸時代に流行した福の神人形でお馴染みさんである。。

 

 新型コロナの世界的流行以降、商売のアップデート・試行錯誤を続ける日々であると推察されます。

 

 以前にも記事にしました、商売の基本を先人に学びながら記事にしたいと思います。。

今回は、老舗デパート🏬大丸の創業者 下村彦右衛門 正啓氏の経営理念

 

『先義後利』の下村彦右衛門正啓氏の成り立ち

1717年享保2年 29歳の時に江戸時代ごろ😊(呉服は昔、一般の人たちは古着で購入していたようです)

 京都伏見で古着商(大文字屋)というお店を創業しました。

 その後商売を大きくしていき大阪心斎橋、名古屋に江戸の大きな店舗を展開し豪商(メガ商人)と呼ばれるようになる。

 それが現在の大丸の前世である。

 

 彦左衛門正啓氏は経営理念『先義後利』

(^^)先に義を尽くし後に利益を得ると言う意。

 顧客NO.1に考えた理念である。

商売における正しい道、そして社会の為にに尽くすという、そういう💦熱い気持ちを優先すると利益は自ずとついてくるという言葉である。

 下村彦右衛門正啓は、日頃から言い伝えていることがある。

①店の従業員の皆さんにお客様のためにならないものを売ってはいけない。

②人気のある商品(皆が急いで欲しがる商品であっても)高値をつけてはならぬ。

③お店に来店してくださるお客様に上・下をつけるな‼️

   大金持ちと子供のお客様👶、全て公平である。という考え。

 こういう戒めを日頃から繰り返し伝えていた。

現在にも通ずることであり、この社会では公平・尊重・対等は当時から大切にされてた

はずだったが忘れかけていて思い出されることでもある。

 

 このような理念を下村彦左衛門正啓氏が実践していたことがわかる。そんなエピソードが残っています。こちら💁‍♀️

(エピソード)

183年大塩平八郎の乱という飢饉、悪天候で作物が取れない。天保の大飢饉があって数年にわたり多くが死者を出す厳しい飢饉があった。

大塩平八郎は元々奉行所の役人であり当時は学者として街の色々な人に教育をしている人物であった。

 

 奉行所に救済策を申し出るのだが・・・相手にされず・・・😥

『売名行為だ‼️』など酷い言われようであった。

 覚悟して幕府に反乱を起こし金品を分け与えたという乱。

大塩平八郎は大坂心斎橋の大丸に差し掛かった際に大丸は魏翔いわゆる義理がある商人だから

襲いかかるな!と命じた。

 なので大丸だけは打ち壊すことを免れたというお話。

 

彦左衛門正啓氏は毎年、年末に貧しい方々のために衣服や食事🍚を振る舞っていたようです。

結果的に自らの理念や実践に救われることになった。

また、いつか下村彦左衛門正啓氏のことをじっくり記事にしたいと思う。

 

オススメ⏬

百貨店巡りは🏬経営戦略を学ぶ場にもなりそうです。

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